科学とは赤ちゃんが生き抜くための術だったのか?

大場 裕一

書評:ゴプニック『哲学する赤ちゃん』

科学とは、統計や実験によって現象の因果関係の理解を修正しながら体系化してゆく作業である。UCバークレーのゴプニック教授は、これと同じ意味で「子供(赤ちゃんや幼児)は科学者と同じやり方で学習する」(P27, 116)という「理論理論」(“Theory theory”, Gopnik, 2003)を提唱している。つまり、ヒトが科学する能力は、ひとりで生きられない長い幼児期間を生き抜くすべとして実装されたプログラムの延長であり、それにより人間の生活様式に画期的な変革がもたらされ未来を生き抜く科学知識が進化的にヒトに備わった、というのである(P15, 57, 71, 72, 103, 149)。

著者ゴプニックによると、赤ちゃんと幼児に関する発達心理学の研究にはこの30年間に大きな進展があった(著者はこれを「科学革命」と呼ぶ)(P12)。これまで何も考えていない未熟な状態(ただ泣いているだけの「ニンジン」)と考えられていた赤ちゃんや幼児が、実は統計や実験を理解し論理的に考える能力(つまり理論Theoryを構築する発達能力)を持っていることが明らかになったのだ。本書では、その「驚くべき」赤ちゃんの能力がひとつひとつ紹介される…。


実は、評者の私は本書を読んで驚かされるところが殆どなかった。統計的な因果関係ならば私の家のハコガメとミドリフグでさえそれを完璧に学習しており、エサが欲しいときと水を交換して欲しいときは飼育者の前で暴れて見せれば(必ずではないがある確率で)それをしてもらえることを「理解している」。だから、生まれたばかりのヒトがそれをできるからといって、なにがそんなに「驚くべき」ことなのか分からない。科学者がやっていることと赤ちゃんがやっていることが同じと言うなら、うちのミドリフグも立派な科学者である。赤ちゃんはすごい、と思いたい人々の気持ちは分からないでもないが、私には赤ちゃんを科学者と呼ぶその理由が理解できない。

「科学革命」や「理論」など、本書には科学哲学に関係する用語や記述がたくさん出てくるが、科学の起源を赤ちゃんの観察に求めようとするならば(その方向性は悪いとは思わないが)、もう少し科学哲学者や自然科学者が議論に加われるような厳密な考察が必要であるように思われる。もちろん、著者が「赤ちゃんは素晴らしい」ということを言うために科学哲学の「威を借りている」だけだったならば何も言うことはないが。

(2011-06-27公開)

書誌情報と関連リンク

アリソン ゴプニック (著)
青木 玲 (翻訳)
『哲学する赤ちゃん』亜紀書房 (2010/10)

出版社による本の紹介

戻る